カテゴリー「万葉」の記事

2016年3月 6日 (日)

万葉の歌枕 大家が原

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昨日は巾着田の万葉歌碑でしたが、
我が家からの散歩道沿いでも万葉歌碑が見られます。

かつては高麗川沿いの荒地だったのでしょう。
小生が初めて知った頃には、すでに坂戸西高は建設されていましたが、
付近は荒地が広がり、 大家が原とおもえばそのような雰囲気もありました。
最近、東京国際大学のグラウンドが大規模に開発されました。
野原に建設された歌碑ですが、今はキャンパスの正門脇に立ち、学生の出入りを見守っているようです。


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大学は春休みの時期なのでしょう。
野球部のオープン戦の予定が掲示されていました。
だれでも観戦できます。
読売巨人軍の育成チームとの対戦を観戦したことがあります。


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2016年3月 5日 (土)

万葉歌碑

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4日、巾着田を歩きました。
春のハイキング、夏の川遊び、秋の彼岸花と
沢山の人が集まる巾着田ですが、
今の時期は、近くの方でしょう、散歩の方を見かける程度で静かな佇まいを見せています。

秋には真っ赤に染まる林ですが、今はヒガンバナの葉で緑に覆われています。
この緑の葉は、まもなく姿を消してしまいます。


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新しいものですが、一角に万葉の歌碑が建っています。
高麗錦の枕詞ではじまる東歌です。
高麗錦とは高麗から渡来した錦とあります。
また、奈良時代の716年、この地に高麗郡がおかれ高句麗からの人が集められたとされています。
また、この歌の、この地、高麗郷にかかわりを述べる学説もあるようです。
歌碑の裏面には、「万葉の詩心が永く受け継がれるよう祈念し」と建設の趣旨が刻まれています。


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2015年8月11日 (火)

鹿島神宮 防人の歌碑

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10日鹿島神宮を訪ねました。
古代から軍神として崇敬されてきた神社です。

大鳥居の脇に、防人(さきもり)の歌碑がありました。
「あられ降り鹿島の神を祈りつつ皇御軍(すめらみくさ)に吾は来にしを」
茂吉の万葉秀歌によると
防人等は九州防衛のため出発するのであるが、出発に際しまた道すがらその武運の長久を祈願したのであった。
「鹿島」の枕詞「あられ降り」は、あられがふるとカシマシイから来たと言われている。

遠い辺境の地へ赴いたはるか昔の人の心が偲ばれます。

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2014年3月11日 (火)

筑波山

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訪ねましたのは3月3日でした。
梅林の紅梅は満開でしたが、白梅は、ほとんどがこれからの状態でした。
一週間経ちましたので、そろそろ見ごろかもしれません。

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山頂の本殿(男体山、女体山)を遥拝する拝殿

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筑波山は万葉の時代には歌垣の山でした。
山腹の遥拝殿の前には、万葉の歌碑がいくつも並んでいました。
近年観光目的で建てられたものでしょうが、これらをじっくりと読んで、万葉の歌人を思い出してみるのも旅の楽しみとなるでしょう。


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さらに、注連縄が架かっていますからご神木、ご神石なのでしょう、杉の大木、さざれ石などがありました。
気候のよいときに山頂の本殿に参拝、どこまでも広がる関東平野を眺めるのが一番でしょう。


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